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仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)41号 判決 1967年3月23日

控訴人 国

訴訟代理人 青木康 外一名

被控訴人 松岡繁幸

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人において、

一、本件差押の日は、昭和三九年三月二五日であり、差押物件は、青森県三戸郡名川町大字鳥舌内字袖ノ沢一五番二号山林一町九反歩および同所一五番三号山林二町三反五畝二四歩である。

二、立木に関する法律(以下立木法という。)の適用を受けない一般の立木に対する強制執行を如何なる手続によつてなすべきかについては、土地に生立する立木を、その地盤とは別個独立に坂引の対象とする我国の取引慣行と、かかる物を目的物とする執行の方法について明文の規定のない民事訴訟法との齟齬から生ずる執行法上の難問題として種々の見解が表明され、判例上有権的な判断も下されておらず、執行実務の取扱も区々に分れていて、統一的な見解または取扱が未だ確立されていないのが現状である。すなわち、表明された見解としては、控訴人主張の如き民事訴訟法第五六八条の執行手続によるとの説(第一説)、原判決の支持する立木伐採権を執行の対象として同法第六二五条の特別換価手続によるとする説(第二説)および不動産執行手続によるとの説(第三説)がある。そして、この点についての下級裁判所の見解および取扱につき司法研修所でまとめたアンケートの結果(乙第三号証の一、二)があり、これによると、昭和三四年一二月一日現在において、全国高等裁判所本庁、同支部、地方裁判所本庁、同甲号、乙号各支部合計二九五庁中回答のあつた二四三庁のうち第一説によるとする庁が六五庁、第二説によるとする庁が一三六庁、第三説によるとする庁が三一庁、その他一一庁となつており、第二説によるとする庁が比較的多数ではあるが、第一説によるとする庁もこれに次いで多数存するのであり、第三説によるとする庁も存在するのであつて、従来の執行実務が一律に第二説によつてなされて来たものとはいい得ないのである。

三、(一) 立木法により不動産とみなされる立木以外の一般立木は、実体法的に土地の一部としてその土地の所有権の客体をなす建前であるが、地上権、賃借権等の権限に基づいて植栽された立木は、当然土地とは別個に所有権の客体となるし、その他の場合においても、立木は、なお現実に土地と独立して経済的価値を有し、取引慣行上しばしば土地と切り放し独立して譲渡の対象とされるものであつてかかる場合立木は、当事者の意思表示によつて独立の物権(所有権)の客体となり、かついわゆる明認方法を施すことによつて対抗要件を具備するものと解する。

(二) したがつて、立木ないしその権利に対する強制執行は、有体物またはその所有権の移転を目的とする執行手続によつてこれをしなければならないことは当然であるところ、民事訴訟法は、有体物またはその所有権の移転を目的とする強制執行手続を、有体動産に対する執行手続と不動産に対する執行手続とに分つているが、その場合一般の立木は、実体法上のいわゆる動産には該当せず、また物的性状は不動産に類するけれども、登記という公示方法が備わつていない関係上これを通常の不動産と同視することも無理である。そのため、一般立木に対する強制執行は、右いずれの手続によることもできないと論断する者もあるが、しかし、その考え方は、形式論理に堕し、誤りというべきである。けだし、民事訴訟法は、要するに、有体物またはその所有権の移転のための強制執行手続として右二つの類型の手続を定めたものであり、その一を有体動産を中心とし、他を不動産を中心として規定してはいるが、それは決していわゆる動産または不動産の所有権の典型に合しない有体物の所有権についての強制執行を拒否する趣旨ではない。したがつて、一般立木の所有権の強制執行については、民事訴訟法が有体物の所有権の強制執行の手続を右二個の類型に分つたゆえんおよび立木所有権の強制譲渡に要する諸措置を考慮し、そのいずれの手続がこれに相応し、適合するかを勘案してその拠るべきところを決すべきものと考えられる(最高裁判所大法廷昭和四〇年七月一四日言渡、昭和三七年(オ)第一二〇二号事件参照)。しかるところ、不動産執行手続は、差押、競売による所有権移転等につき登記という公証帳簿上の処理を関連させることを骨子として、それに相応する執行機関を定めており、これに対し、動産執行手続は、差押、競売による所有権移転(右登記ではなくて)に執行機関による当該目的物の事実的支配を関連させることを骨子として、これに相応する執行機関を定めているものであるから、この観点からするときは、公証帳簿によらず明認方法という事実的措置をもつて権利譲渡の公示とする一般立木の所有権については、右有体動産執行の手続が相応し、これが強制執行については、右執行手続が類推適用されるべきである。

(三) 故に、第一説は前述の如く、一般立木に対する強制執行について合理的な理由のある見解であると考えられ、これに反して、第二説は、一般にその妥当性に疑問があると考えられる。何となれば、第二説は、立木伐採権を特別換価すべきものとするのであるが、立木の権利者の有する権利は(直ちに伐採を目的とするものについては、その時の事情により、立木伐採権という債権であることもあり得るけれども)、一般的には物権殊に所有権であつて、立木の権利者は、その所有権に基づき間伐その他の手入れ、防護、収穫等の行為をするものであり、また所有権によらずしてはその立木に対する権益を確保するに由なきものであり、現に執行の対象が立木の所有権である場合に(その権利の換価を目的として立木伐採権を換価するということは、実体に適合せず、したがつて、それによつて法律的に所期の目的を達し得ない筋合であると考えられるからである。

(四) 本件は、土地の所有者と立木の権利者とが同一人である場合における一般立木の強制執行であるが、一般立木が土地と独立の経済的価値を有し、かつ土地所有者が、土地とは別個に当該立木のみを処分する旨の意思表示をすることにより、独立の所有権の客体となるべきものである以上、かかる場合における一般立木の強制執行を否定すべき理由はない。ところで、土地の所有者がその地上の一般立木を他に譲渡するについては、当該立木をその地上に生育すべきものとして譲渡する場合と、これを伐採すべきものとして譲渡する場合とがある。そして前者の場合は、その譲渡に地上権、賃借権等土地使用の権限を伴わせることを要するが、後者の場合は、特にかような権限を設定するを要しないのであるから、土地所有者の地上に所有している立木に対する強制執行は、伐採を目的とする立木の所有権の強制譲渡とみるのが相当である。しかるときは、当該立木は、土地からの分離が前提とされることにおいて動産に準ずる性格を有するものであつて、本件立木は、正に動産執行の手続によるのが相当であると考えられる。

(五) なお第二説は、立木伐採権が強制執行の対象となるというけれども、本件の如く、土地と立木とが同一人に帰属している場合に、差押の対象として、立木伐採権という債権が既に存在すべき道理はない。また仮に、その執行により新たに立木伐採権なるものを競落人のために設定するものと考えるとすれば、競落人の取得すべきそのような単なる債権は、何らこれを第三者に対抗し得ないのであるから、その場合競落人としては、執行債務者たる土地所有者がその土地を他に譲渡したときは、右権利を全うし得ないことに帰するほかはないし、またその危惧があることにより、立木伐採権の評価ないし処分価額は、執行債務者の主観的事情や伐採のための所要期間等の事情に基づく権利実現の確実性の判断の如何により立木の時価を相当下廻る可能性があり、他方執行債務者としては、立木の所有権を処分される場合に比し、不当に財産権を害されるおそれを免れないのであつて、その法律的手続としての不備不当は明らかであり、到底端的に当該立木の所有権を強制譲渡するにしかないのである。

四、さて、本件において、執行吏坂本政次郎は、本件立木の強制執行に当つて、動産執行手続のうち未分離果実に対する民事訴訟法第五六八条所定の手続を選択したが、そもそも天然果実とは、物の用方に従い、すなわち元物の経済的用途に従つて収取される産出物であつて、元物との関係において一回性の物であるか、反復して産出されるものであるかを問わないのである。また反復して産出される場合においても、時間的回帰性の短いものに限られる必要もない。そして、右執行吏は、差押当時において公示札を立て、本件立木の範囲等を明らかにして明認方法を施しているのである。なお、執行方法として、進んで民事訴訟法第五八四条に基づき、執行吏において「競売ノ為メ其ノ収穫ヲ為サシメ」(当該立木を伐採させ)たうえ競売すべきものとする見解も考えられるが、立木の伐採が単純容易ではなく、そのため取引上伐採の目的をもつて立木のまま譲渡されることの多い実情に照らし、これを立木たる状況で競売しても違法でないことはもちろんである。

五、仮に、本件立木の如き未登記立木が民事訴訟法第五六八条第一項にいう「果実」に該当しないとしても、それ故に直ちに本件立木に対する同条による強制執行が違法であると断ずるわけにはいかない。なるほど強制執行法は、手続の画一性、厳格性を理念として、手続的法規を設けてはいるが、或種の執行につき手続的法規が欠けている場合においては、それに最も近い法規を類推適用すべきであるが、その法規がどれであるかについても説が分れておつて、その近さの程度が判別できないときは、請求権の競合の法理に準じた考え方を採るべきであつて、この場合その数個の手続的法規のいずれに従つて執行するも、適法であるというべきである。我国従来の実務的取扱に、前記のとおり、動産説、立木伐採権説、不動産説とおよそ三つの方法があり、しかもいずれも違法とされることなく行なわれて来た既存の事実を尊重する場合、右のような競合説を考慮する余地が十分あるものといえよう。

六、仮に、第一説に難点があり、直ちに是認できないとしても、前記の如く同説には合理的な理由付がなされ得るのであり、現に下級裁判所における実務の取扱をみるも、第一説に準拠している庁が相当数あるのであつて、従来からこの点の法律解釈は、困難な問題として論議されて来たのであるから、真に有権的な解釈がなされていない現段階においては、坂本執行吏が第一説を正当なりと判断し、これに立脚して本件執行をしたからといつて、これをもつて直ちに職務上の過失があつたものと断定することはできないのである。

七、執行機関が債権者の委任により執行をするに当つて準拠すべきものは、執行力ある正本のみであり、その際債務名義に表示された請求権が存在するか否かを調査判断する必要はない。そして、民事訴訟法は、金銭債権に基づく強制執行において、動産に対する差押の場合は、債務者がその物を占有することを要件とするのみであり、不動産もしくは船舶または債権その他の財産権が執行の目的たる場合であつても、債権者をして執行の目的物が債務者の財産に属することを証明せしめず、また執行機関をしてかかる実体関係の調査をなさしめることなく、執行をなさしめると同時に、一面かかる不当執行によつて権利を侵害されることのあるべき債務者のためには請求異議の訴を、第三者のためには第三者異議の訴を提起することを認め、もつてその救済を図つているのであるが、この場合不当執行によつて損害を受けたとする者は、債権者の責任を問うことが許されるとしても、執行機関の責任を追求することはできないのである。

本件執行に当り、坂本執行吏は、本件公正証書の執行力ある正本に本件立木が債務者の所有かつ占有に属する旨の記載があるのみならず、債権者山崎保一および債務者松本正が執行現場に立ち会つたので、右立木が債務者松本正の所有かつ占有に属するものとして差し押えたのである。もつとも、差押当時訴外松本二三から本件立木が自己の所有に属する旨の申立があつたが、これを証明すべき何らの証拠も提示しなかつたので、坂本執行吏は、松本二三に対し民事訴訟法第五四九条所定の第三者異議の訴の手続によるべき旨を告げ、執行を続行したのであるから、本件執行は適法であり、同執行吏には何らの過失がなかつたものといわねばならない。

八、また仮に、本件立木の競落が無効であるとすれば、現に利得する者は、他に存在するわけであるから、被控訴人は、その者に対し競落代金相当の不当利得金の返還請求をなすべきであつて、返還請求が可能である限り損害の発生があるか否か疑問である。我国の有力な学説は、競売は、差押に基づき国家が債務者から徴収した処分権の行使として債務者の意思によらずに強制的に財産の帰属の移転を生じさせる点で、国家の執行権力に基づく執行処分であるが、これに基づき競落人が債務者の物を取得する関係は、私法上の売買であるとし、また目的物の所有者たる債務者は、国家の売買に関する意思表示の効果の帰属主体として売主の地位を取得し、債権者は、これにつき無関係な地位に立つと説明している。

九、被控訴人主張の損害の発生は、坂本執行吏の過失に原因するものではなく、かえつて被控訴人自身の過失による自発的な行為に原因を帰すべきである。すなわち、被控訴人は、本件競売申出の際執行手続が適法であると判断していたのに、現在に至りその手続が違法であると主張する態度は、いわゆる禁反言の原則に牴触することは兎も角、たとえ違法であることを知らなかつたとしても、法の不知につき重大な過失があつたことは否定できない。競買や申出をするとしないとは被控訴人の全く自由に属するところであつたし、また競落したとしても、競落代金を提供するとしないとは被控訴人の自らの意思によるものであつたところ、被控訴人は敢えて自ら競落代金を提供したのであつて、この提供がなければ、かかる損害は発生しなかつたのである。坂本執行吏が被控訴人に対し詐欺強迫等を行なつていれば格別、そうでない以上被控訴人主張の損害発生は、被控訴人自らの過失によるものというべきである。

一〇、なお、本件差押の行なわれた昭和三九年三月二五日被控訴人は、差押の現場に立ち会つたのであるが、右差押の手続中訴外松本二三において本件立木は自己の所有である故差押を中止されたい旨申し出たのを被控訴人はその場で聞いていたのであるから、被控訴人としては、右立木は債務者松本正の所有ではなく、松本二三の所有であるかもしれないとの疑念を抱いたはずであるにかかわらず、何ら調査することなく敢えて本件立木を競落した点に過失があつたものというべきである。よつて、仮に、坂本執行吏に過失があり、したがつて控訴人に損害賠償責任があるとしても、被控訴人の右過失を斟酌し、過失相殺をなすべきものである。

と述べ、被控訴代理人において、

一、立木に対する執行方法についての下級裁判所の見解および取扱につき控訴人引用にかかる司法研修所発行の「執行方法に関する諸問題」中のアンケートの結果報告によれば、未登記立木に対し民事訴訟法第五六八条により執行し得るとするものは、二四六庁のうち僅かに六五庁に過ぎず、残りの一七八庁は、同法第六二五条または不動産執行その他の方法によるとするのであつて、いずれも立木に対する強制執行は、執行吏の権限に属さないものとしている。しかるに、本件立木に対する強制執行は、未分離果実として同法第五六八条に基づき行なわれたものではなく、単純に有体動産として執行されたものであることは証拠上明らかである。立木に対する執行は、同法第六二五条の特別換価の方法によるとするのが判例、民事局長回答、法曹会決議および取扱の実際等に照らし通説であつて、ほぼ統一的見解であり、その他の見解は少数の異説であつて、三説があるという控訴人の主張は誤りである。

二  仮に、本件立木に対する執行が民事訴訟法第五六八条により行なわれたとしても、右立木は、未分離果実には当らない。およそ天然果実とは、物の用方に従い収取する産出物であり、産出物とは、元物を消耗することなく経済的にみて継続的に収取する収益と認められるものをいうのであつて、本件の如く、松・杉立木またはその集団は、一度これを伐採すれば、土地および立木を一体とした山林の価値の大半が失われ、新たに植林する等特段の方法を施した上長年月を経過しなければ再度伐採することが不可能であり、したがつて経済上これを継続的に収取する収益とみなされないから、天然果実でないことは明らかである。

三、民事訴訟法においては、有体動産に対する強制執行は執行吏の権限に、不動産、債権その他の権利に対する強制執行は執行裁判所の権限にそれぞれ属せしめ、これら執行機関の職分管轄に関する定めは強行法規であるから、これに違反した執行手続は無効である。本件立木に対する強制執行が右いずれの執行機関に属するかは、右立木が有体動産(未分離果実をも含めて)であるか否かにかかつている事柄であつて、立木がその地盤と別個に売買その他の取引の対象となつているか否かとは関係がないのである。

四、 一般立木に対する強制執行が動産執行の方法によるべきでないことは前記のとおりであり、少くとも執行吏の権限に属さないことは、執行実務の常識であつて坂本執行吏自身も、債権者山崎保一から本件執行委任の申出を受けた際、立木につき有体動産として執行することに疑問を抱きこれを研究したことが証拠上明らかであるから、同執行吏としても、立木に対する執行は、執行吏の権限に属さないとするのが通説であることを知り得たはずである。したがつて、同執行吏は、本件立木に対する執行受任を拒否するのが当然であつたにかかわらず、殊更に前記少数説たる有体動産(もしくは未分離果実)の執行手続に従い、かつ差押の際第三者たる松本二三から異議の申出があつたので、右強制執行に対し第三者異議の訴等が提起されることが予見されたにかかわらず、差押の日と競売期日との間を法定の最低期間たる七日とし、競落代金を受け取るや即刻その場でこれを債権者山崎保一に支払い、異議の訴を提起する時間的余裕を与えずに強引に差押、競売手続を終了して、競落人たる被控訴人に対し競落代金相当額の損害を与えたのであるから、坂本執行吏には過失はもちろん故意すら推認できるのである。よつて、控訴人は、国家賠償法第一条第一項により右損害を賠償する義務があるものというべきである。

五、控訴人の過失相殺の抗弁事実は、すべて否認する。

(一)  法律家でもない被控訴人が、国家機関たる執行吏坂本政次郎の行なう競売を適法と信じて競買の申出をしたことに何らの過失もない。また、被控訴人において右競売が違法無効であることを知り、競落代金相当額の損害賠償を求めるため、右競売が無効であると主張することが禁反言の原則に牴触するいわれはない。禁反言とは、同一訴訟手続において先に一定の主張をしたのに、後にこれに反する主張をすることは許されないという訴訟法の原理であつて、被控訴人は、かつて本訴において本件強制執行が適法であると主張したことはない。

(二)  本件強制執行に際し、競買の申出をするとしないとは被控訴人の自由であつたことは、控訴人主張のとおりである。しかし、強制執行手続は、それ自体国民に対し競買の申出を期待しているものであつて、被控訴人において本件強制執行が適法有効であると信じて競買の申出をし、競落代金を納付したからといつて何ら過失があつたものということはできない。被控訴人において右執行が違法無効であることを知り得べくもなく、かつこれを知らなかつたとしても重大な過失があつたものと言い得ないことはもちろんである。

(三)なお、控訴人は、本件差押の際、松本二三が坂本執行吏に対し本件立木が自己の所有であるから差押えるべきでないとの申出をし、同執行吏がこれに対し救済方法を指示した事実を知つていたのに敢えて右立木を競落したのは過失を免れない旨主張するけれども、被控訴人は、松本二三と坂本執行吏との間に取り交わされた話合いの内容を聞いた事実はなく、またたとえかかる事実があつたとしても、同執行吏は、単に異議があつたら裁判所に第三者異議の申立をせよといつたのみで、競落人に対し、本件立木を競落しても所有権を取得しないかも知れないと特に警告を与えた事実でもあれば格別、かかる特段の事情もないのであるから、法律家でない一般競落人たる被控訴人が本件山林の所有権の帰属を調査せずに競落したからといつて過失があるということはできない。以上の次第で控訴人の過失相殺の主張はすべて失当である。

六、本件違法執行により債権者山崎保一および債務者松本正らが競落代金を不当に利得し、したがつて被控訴人において同人らに対し不当利得返還請求をなし得るとしても、これとは別個に、控訴人に対し同執行吏の故意過失に基づく違法執行を理由に損害賠償の請求をなし得ることはもちろんであるから、この点に関する控訴人の主張もまた失当である。

と述べ、証拠として<証拠省略>を認めた。

理由

青森地方裁判所執行吏坂本政次郎が、債権者山崎保一の委任により、青森地方法務局所属公証人猪狩真泰作成にかかる昭和三九年第八七四号金銭消費貸借信託譲渡契約公正証書の執行力ある正本に基づき、昭和三九年三月二五日債務者松本正に対し、有体動産の強制執行として、青森県三戸郡名川町大字鳥舌内字袖ノ沢一五番二号山林一町九反歩および同所一五番三号山林二町三反五畝二四歩の地上に生立する杉立木五〇〇本、約四五〇石および松立木三、五〇〇本約三、三〇〇石を差し押え、同年四月三日同町大字鳥舌内字橋場八番地の債務者松本正方においてこれを競売に付したところ、被控訴人は、代金五五六万円で競落し、即時右代金を坂本執行史に支払つたことは当事者間に争いがなく、原審証人坂本政次郎の証言ならびに弁論の全趣旨によると、本件立木は、立木法により所有権保存登記を経ていない一般立木であることが認められる。

ところで、かかる未登記立木に対する強制執行を如何なる手続によつてなすべきかについては、幾つかの見解が対立し、未だ判例上有権的な解釈も示されておらないのみならず、執行実務の取扱もまた区々に分れ、統一されていない現状であるが、表明された見解としては、有体動産として民事訴訟法第五六六条以下の手続によるとする説(動産説)、立木伐採権を執行の対象として同法第六二五条の特別換価手続によるとする説(立木伐採権説)、不動産執行手続によるとする説(不動産説)のおよそ三説があることは、当裁判所に顕著なところである。そして、<証拠省略>未登記立木に対する強制執行についての下級裁判所の見解および実務上の取扱に関し、司法研修所がまとめたアンケートの結果は、昭和三四年一二月一日現在における全国高等裁判所本庁、同支部、地方裁判所本庁、同甲号、乙号各支部合計二九五庁中回答のあつた二四三庁のうち、動産説によるとする庁が六五庁、立木伐採権説によるとする庁が一三六庁、不動産説によるとする庁が三一庁、その他一一庁となつていることが認められ、これによると、各庁の実務の取扱としては、立木伐採権説を支持するものが多いとはいえ、動産説もまたこれに次いで多数を占め、これらの各庁は、現に立木に対し動産執行手続により執行していることが窺われるのである。

さて右三説にはそれぞれ一長一短があり、そのいずれの説が最も正当であるかはにわかに論断し難いところではあるが、旧司法省時代における民事局長回答(大正一〇年五月一九日、大正一二年一一月二七日)は、民事訴訟法第六二五条の特別換価手続によるべきものとし、昭和三二年一一月一八日法曹会決議もこの説を支持していることや前記のとおり多数の庁の取扱の実際に徴するときは、立木伐採権説がほぼ通説的立場にあるものと認められるが、しかし、動産説も有力に主張せられ、かつこの説にも前示控訴人主張のように首肯せしめるに足りる理論的根拠付けがなされているのであり、同説に準拠して実務を取り扱つている庁も相当数あることは前記認定のとおりである。以上の事実を考え合わせれば、判例による有権的解釈が下されていない現段階においては、未登記立木に対し、民事訴訟法第五六六条以下に定める動産執行の手続により強制執行をしたからといつて、これをもつて直ちに違法かつ無効な執行であると断することはできないものというべきである。

さらに<証拠省略>坂本執行吏は、債権者山崎保一から本件公正証書に基づく強制執行の委任を受けた際、執行の対象たる本件立木に対し如何なる方法で執行すべきかにつき疑問を抱き、この点はつき参考書等に基づき一応の調査をした結果、未登記立木は、民事訴訟法第五六八条にいわゆる未分離果実に該当するので、動産執行手続によるのが正当であると判断した上本件執行をしたのであつて、何らの根拠もなく、漫然かつ恣意的に動産執行手続による執行をしたものではないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると、このような事情のもとにおいて同執行吏が前記動産説の見解に従つて本件立木に対し動産執行手続により本件強制執行をしたからといつて、右執行吏に国家賠償法第一条第一項にいわゆる故意適失があつたものということはできない。よつて、被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきものである。しかるに、右と異る見解のもとに被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるのでこれを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 野村喜芳 佐藤幸太郎)

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